「業績が芳しくないから、退職金制度を廃止しようか…」「退職金は支払わなくてもいいのでは?」そうお考えの中小企業経営者の皆様。退職金制度の変更や廃止は、従業員の生活に直結する重要な問題であり、安易な判断は大きな法的リスクを招く可能性があります。
特に、近年では、退職金の法的保護の厳格さを裏付ける裁判例が相次いで出ており、「就業規則さえ変えれば問題ない」という考え方は通用しません。
本コラムでは、退職金制度の廃止がいかに困難であるか、そして経営者が知っておくべき最新の法的リスクについて、具体的な裁判例を交えて解説します。
退職金は「賃金」と同じ!安易な廃止は違法になる可能性も
退職金制度は、法律で義務付けられているものではありません。
しかし、就業規則や労働協約などに退職金について明記されている場合、退職金は労働基準法上の「賃金」とみなされます。これは、長年の勤務への報奨や退職後の生活保障、そして何よりも「賃金の後払い」としての性格を持つためです。
そのため、就業規則で規定されている退職金を一方的に支払わないことは、賃金不払いとして違法になる可能性があります。たとえ経営が悪化したとしても、一度制度を定めた以上、その撤廃や大幅な変更には、極めて厳格な法的手続きが求められます。
退職金制度廃止のハードルは極めて高い
退職金制度を廃止するということは、従業員にとって極めて不利益な労働条件の変更です。そのため、原則として従業員一人ひとりの同意が必要です。
個別の同意が得られない場合、就業規則の変更によって手続きを進めることになりますが、これも簡単なことではありません。労働契約法第10条では、就業規則の変更による不利益変更は、以下の要素を総合的に考慮した上で「合理性」がなければ認められないと定めています。
- 労働者が受ける不利益の程度: どのくらい退職金が減るのか、その不利益は大きいか?
- 労働条件変更の必要性: 会社の経営状況が本当に厳しく、変更しなければならないほどの理由があるか?
- 変更後の就業規則の内容の相当性: 変更後の退職金規定は、他の企業と比較して妥当なものか?
- 労働組合等との交渉状況: 従業員の代表と話し合いをきちんと行ったか?
- その他の変更に係る事情: 不利益を緩和するための代償措置や経過措置(例えば、変更前に退職する従業員への優遇措置など)は講じられているか?
特に、退職金は従業員にとって重要な労働条件であるため、その変更の「合理性」は非常に厳しく判断されます。過去の裁判例では、大幅な減額を一方的に行った事案や、従業員への配慮を怠った事案で、企業の変更が認められなかったケースも存在します。
【最新判例から学ぶ】懲戒解雇でも退職金が認められる厳格な判断
退職金の法的保護の強さは、従業員が重大な非違行為を行った懲戒解雇事案においても示されています。
事例:退職金等請求事件(東京地裁 令和6年10月22日判決)
〈事案の概要〉
この事案では、従業員が「名義借契約」という重大な懲戒事由に該当する行為を行い、会社側が懲戒解雇処分と退職金の全額不支給を決定しました。
〈裁判所の判断〉
裁判所は、懲戒解雇処分が有効と認められたにもかかわらず、退職金全額の不支給が認められるのは「労働者にそれまでの勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為があったこと」を要すると判示しました。
そして、裁判所は、この従業員の行為を「勤続の功を全て抹消するほどの著しい背信行為があったとまではいうことはできない」と判断。その結果、会社側の退職金不支給条項は「退職金の7割を超えて不支給とする限りで無効」とされ、請求額の3割にあたる約299万円の退職金請求権が認められるという判決を下しました。
▶︎ この判例から学ぶべきこと
重大な不正行為が認められた場合でも、企業が過去の功績を一方的に全否定し、退職金全額を不支給とすることは非常に困難です。退職金が「賃金の後払い」としての性質を強く持つ限り、不支給とするには、過去の功績を帳消しにするほどの極めて限定的な事情が必要とされます。
【最新判例から学ぶ】役員退職慰労金ですら「既得権」は揺るがない
退職金制度の変更・廃止の難しさは、労働者よりも保護が緩やかとされる役員の退職慰労金に関しても、同様の考え方で示されています。
事例:旧取締役に対する損害賠償請求事件、退職慰労金請求事件(東京地裁 令和6年10月10日判決)
〈事案の概要〉
会社が旧取締役らに対し損害賠償を請求した事案において、旧取締役らが反訴で求めた退職慰労金(打切り支給)の請求について、裁判所は、退任時の時点で退職慰労金請求権が具体的権利として既に発生していると認定しました。
〈裁判所の判断〉
会社側は、退任後の役員の任務懈怠が判明した場合には不支給・減額の余地が留保されていたと主張しましたが、裁判所はこれを排斥し、「既発生の…退職慰労金請求権について弁済を止める法的な根拠はない」とし、その後の株主総会決議(不支給決議)によっても一方的に奪うことはできないと判示しました。
▶︎ この判例から学ぶべきこと
退職慰労金(退職金)は、権利が確定した瞬間からその法的保護の度合いが跳ね上がります。権利が確定した後で「実は不正行為があった」「業績が悪化した」という理由を主張したとしても、企業が一方的にその支払いを拒否することは認められません。制度の変更や廃止を検討する際は、権利が確定する前の適切なタイミングで、厳格な手続きを経る必要があることがわかります。
専門家への相談が不可欠
「退職金制度を廃止したい」「見直したい」と考えている経営者の皆様、ご自身だけで判断することは非常に危険です。
上記最新判例が示す通り、裁判所は従業員や役員の既得権を極めて重く見ています。退職金制度の変更・廃止は、従業員との信頼関係を損ねるだけでなく、最悪の場合、訴訟問題に発展し、多額の未払い金や遅延損害金の支払いを命じられる可能性もあります。
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