部下からのパワハラ?法的な定義と問題社員への対応策

「部下から上司へのパワハラ」、通称「逆パワハラ」は、近年多くの企業で問題になっています。
しかし、法律上は「逆パワハラ」という言葉は定義されていません。
労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)が定めるパワハラの定義と、一般的に言われる「逆パワハラ」との違いを理解し、適切な対応をとることが重要です。

目次

法的なパワハラに該当するケース、しないケース

パワハラ防止法におけるパワハラは、以下の3つの要素をすべて満たす行為とされています。

  • 優越的な関係を背景とした言動
  • 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動
  • 労働者の就業環境が害されること

部下から上司への言動は、通常、職務上の地位や権限において上司が優越しているため、「優越的な関係を背景とした言動」という要件を満たしません。このため、原則として法的なパワハラには該当しないと考えられます。

しかし、例外的に部下の方が上司より優越的な立場にあると判断されるケースもあります。

「優越的な関係」が逆転する3つのケース

以下の状況では、部下からの言動が「優越的な関係」に基づくものと判断される可能性があります。

  • 圧倒的な専門知識やスキルを持つ部下

ITエンジニアや熟練の職人など、特定の分野で上司を上回る専門知識を持つ部下が、それを背景に高圧的な態度で業務遂行を妨害するようなケースです。

  • 上司の人事評価を実質的に握っている部下

部署内で部下の支持が絶大で、上司の評価が部下の声に大きく左右される場合や、上司が人事異動で新しく着任し、実質的な権限を握っている部下がいるケースです。

  • 会社の経営者や役員の親族である部下

部下が社長や役員の親族である場合、その背景にある「権力」を利用して上司に不当な言動を取れば、優越的な関係を背景としたパワハラとみなされる可能性があります。

会社が取るべき「問題社員」への対応策

上記の例外的なケースを除き、部下からの問題言動は、法的なパワハラではなく、「職場の規律違反」や「義務違反」として対応するのが適切です。放置すれば、上司の就業環境が害され、組織全体の士気が低下しかねません。

会社が取るべき対策は以下のとおりです。

  • 事実確認と記録の徹底

いつ、どこで、どのような言動があったのかを詳細に記録し、客観的な証拠もあれば保管しておきましょう。

  • 就業規則に基づく指導

就業規則に、上司への誹謗中傷や業務への非協力的な態度などを懲戒事由として明確に定めていれば、それを根拠に指導を行います。

  • 配置転換や懲戒処分も視野に

指導しても改善が見られない場合は、配置転換や懲戒処分も検討します。ただし、懲戒処分は法的にハードルが高いため、慎重な判断が必要です。

裁判例から学ぶ、懲戒処分の重要性と解雇の難しさ

実際に、問題社員への対応について、会社側の姿勢が問われた裁判例を紹介します。

職場の秩序を乱す「論破話法」の新入社員に対する解雇の事例(東京地裁 令和2年9月28日判決)

<事案の概要>

被告会社に試用期間で入社した原告(新入社員)は、研修中に「やりたくないので、やらなくていいですか」と発言したり、作業がうまくいかない時に大声を出して工具を放り投げたり、先輩社員からの指示に対して「自分で調べた方が早いと思います」と答えるなど、問題のある言動や「相手を論破するような話法」を多用する傾向が認められました。会社は試用期間を延長した後に本採用を拒否(解雇)しましたが、原告は地位確認等を求めて提訴しました。

<裁判所の判断>

裁判所は、原告の勤務態度に少なくない問題があったことは否定できないとしつつも、以下の理由から解雇を無効と判断しました。

  • 解雇事由の欠如:原告は実質的には新卒者と同じであり、会社が認識する問題に対して適切な指導を実施して改善されるか否かを検討した証拠がないこと。
  • 退職勧奨目的の処遇:会社は原告の問題を改善させることと相容れない会議室に一人配置して自習させる処遇を主に続けさせており、この処遇や退職勧奨時の侮辱的な発言(「嘘ついてんだぞ、おまえ」など)は、不法行為にあたる。
  • 結論:解雇は客観的合理的な理由を欠き、社会通念上相当ではない(解雇権の濫用で無効)。会社には未払賃金の支払いと、不法行為に基づく慰謝料などの損害賠償が命じられました。

裁判例が示す教訓

これらの裁判例が示すように、問題社員の言動が法的なパワハラに該当しなくても、会社の秩序を乱す行為として懲戒処分の対象となりうる一方、安易な解雇は裁判で無効と判断され、会社に大きな賠償責任が発生するリスクがあります。特に、「問題点を具体的に指摘し、改善の機会を与えるという適切な指導・育成プロセス」を経ているかどうかが、解雇の有効性を判断する上で極めて重要となります。

お気軽にご相談ください

「逆パワハラ」という言葉が一般的に使われる一方で、法的な位置づけを正しく理解し、会社として適切な対応を取ることは、企業の健全な運営に不可欠です。

当事務所では、貴社の状況に合わせた就業規則の見直しや、問題社員への具体的な対応策について、上記の裁判例の教訓を踏まえた専門的なアドバイスを提供しています。不当な解雇と判断されないための「指導・改善プロセス」の構築についてもサポートいたします。お困りの際は、当事務所までお気軽にご相談ください。

この記事を書いた人

東京弁護士会 
後楽園フィリア法律事務所
代表弁護士 大﨑美生

東京都文京区小石川/春日で弁護士をしています。
個人の方向けの注力分野は、「男女問題・離婚・相続・労働問題」です。親切・丁寧・迅速・そして圧倒的な成果の獲得に自信があります。オンラインで全国各地のご対応可能です。

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